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    (しんしんしゃ)
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真進車

新町中央町東(しんまち・ちゅうおうちょうひがし)

江戸時代の東海道袋井宿の新町と袋井村の15軒町、後の「茅町」で現在の住居表示は旧新町は袋井、旧15軒町「茅町」は広岡になっている。祭りの歴史は古く江戸天保時代には初代真進車が存在していたようであるが資料もなく正確には不明である。

明治20年、2代目を新町の指物師 丹後屋鈴木留松氏作で明治21年8月、鈴木八朗義次氏(可睡門前)により御簾脇の彫刻が入った。売却先は不明であったが、掛川市大手町の山車と御簾脇彫刻の寸法が一致、新町の2代目の山車と判明した。

3代目は大正3年、新町の小山清助氏に依頼、御簾脇、正面、正面腰、台輪下、側面の彫刻は先代のものを使用し誕生した。大正5年8月に脇障子、脇障子上、右欄間、左欄間を上山梨字下町の宮本丹次郎氏(鈴木八朗義次氏の門人)の作により完成した。この山車は平成8年市内春岡に売却され「宮敬社」として活躍したのち平成16年、磐田市大藤地区11区に売却された。

平成8年、4代目の建造は森町の森下伸之、三室博芳の両氏に依頼、彫刻は志村孝士氏により完成した。

屋台名は産神様の白鬚神社本殿の亀乗り仙人から、可睡斎11世仙麟等膳大和尚が命名。「真」は漢の国、呉の国ではチュンと読み意味は「かめ」である。

現在の屋台が3代目と思われていたが、天保時代に初代が存在していたようですので、それぞれ1代多くなりました。

資料提供 小栗和敏氏(川井西町)
写真撮影 平成13年10月13日

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