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日進車

掛之上(かけのうえ)

江戸時代は「高部村欠之上」と書いていた、いつの頃か「掛之上」と書かれるようになった。現在は旧大石町の一部も含めて「掛之上」という。

掛之上の祭りの始まりは、大正14年 当時の青年が屋台を作る事を目指したが反対されたため材料を持ち寄り手作りの屋台を作る。これが初代の日進車であった。

昭和23年 二代目日進車は宝野丹生神社の屋台を購入し、補修し使用した。この屋台は総漆塗りで鳳凰の蒔絵が施されて いた。(袖の彫刻は川原町、鳳冠車のもの)

三代目を森町天宮の平野金四朗氏、彫刻は名古屋の中山亮一氏に依頼し昭和45年に完成した。

そして平成22年に開催された自治会総会において四代目の建築が承認され、平成23年吉日 四代目日進車が落慶を迎えた。

屋台工匠:寺田建築 寺田 正、寺田忠広
彫 刻 師:祥雲 山梨由博

新しい町のシンボル誕生により、掛之上がより一層発展することでしょう。

屋台名は福聚山慈眼寺第六代山主浅野元良氏が掛之上の日進月歩、日々進展を祈り日進車と命名した。

三代目日進車は平成23年 磐田市大藤五区に引き渡され「五豊社」となった。

四代目日進車 入魂式・落慶式・曳き廻しの様子はこちら

資料提供 小栗和敏氏(川井西町)

写真撮影 平成23年9月25日

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