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    (けんずいしゃ)
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献瑞車

川井西町(かわいにしまち)

江戸時代の天保の改革後、天保13年 川井村6町がいち早く屋台を作り曳き廻したと伝えられ、総漆塗りで蒔絵が施してあり当時では大変豪華な屋台であったと伝えられている。

明治12年、町の発展に伴い、西町・中町・町屋で、西町組として新屋台 初代献瑞車を作り祭りに参加。この屋台はのちに川井中町「龍翔車」となる。

大正8年、西町・中町と2町に分離し現在の森町飯田市場より文久2年(1862年)建造の中古屋台を購入、2代目献瑞車となる。この屋台はのちに西通りに売却された。

昭和2年 3代目献瑞車建造。4代目完成後は4輪に改造され、花屋台として曳かれている。

平成5年 森町の森下伸之氏、三室博芳氏、彫刻は浜松の早瀬宏氏により4代目が完成した。

屋台名は、その年の収穫の瑞(よろこび)収穫物を神様に献上する為の車という事から献瑞車とした。 命名者は当時の十二所神社の神主の木野重平氏だそうですが古文書等が無く口伝のみで正確には不明。

資料提供 小栗和敏氏(川井西町)
写真撮影 平成21年10月10日

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 龍翔車   慶雲車   同楽舎   永進車   真進車   声奏鶴   高稜車 

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