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![]() 新屋(あらや) 江戸時代の袋井村で、小字名として15軒町、西新家、東新家があり江戸時代〜明治8年の村名である西新家に18軒、東新家には人家なく田畑のみであった。 明治8年 上貫名村、下貫名村、上方丈村、下方丈村、反所村、袋井村の6ヶ村が合併して広岡村が成立した。 明治11年 広岡村と国本村が合併し新しい広岡村が誕生し、このとき東海道に沿った家々が合併、新屋が誕生した。しかし、国本と広岡の人々がいがみ合い反目し合っていた。それを見兼ねた辻弥左ヱ門氏が屋台を作る事を提案し、それに賛同した人たちにより明治20年 新町の指物師 丹後屋 鈴木留松氏によって作られた。 現在の2代目屋台は昭和53年 安達建築(安達鐘雄氏)によって建造され、彫刻は浜松の早瀬 宏氏により完成した。
屋台名も新屋という1つ屋根(舎)の下に集い国本の人たちも、広岡の人たちも皆同じように楽しむようにと「同楽舎」とした。
資料提供 小栗和敏氏(川井西町) |
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